アーネスカ達4人は馬にまたがり零児の元へと向かっていった。草原が広がる道中、アーネスカは自分の後ろにいる火乃木にどうしても聞いておきたいことがあった。 「火乃木。あんた達が戦ったスライムは、サークル・ブレイズの炎で液状化したんだったわよね?」 「うん。そうだよ。それが、どうかしたの?」 「ありえない……って思ってね」 「え?」 アーネスカの言うことを、火乃木はよくわからない。ありえないも何も自分達が戦ったスライムは火乃木が使ったサークル・ブレイズで液状化し、自分達に襲い掛かってきた。それは絶対の事実なのだ。 火乃木の疑問に答えるようにアーネスカは話を続ける。 「本来スライムに炎系魔術を使った場合、溶け出したりはしないわ。炎を当てればその表面は焼け焦げる。水っぽく液状化するって時点で、それは普通のスライムとは違うわ」 「じゃあ、ボク達が戦った赤いスライムって何だったのかな?」 「あたしなりに考えてみたんだけど、多分あんた達が戦ったスライムはスライムであってスライムではないのよ」 「え? スライムであってスライムで……ない? わけわかんないよ」 「あんた達が戦ったスライムは、根本からしてスライムではないってこと。スライムと似たような性質を持った別物だったと考えるべきね」 「じゃあ、あの赤いスライムって結局なんだったのかな?」 「それは分からない。炎が弱点であるはずのスライムが炎を受けて液状化した。確かに弱点の1つとして炎が正しいのかもしれない。だけど、実際には違うんじゃないかとあたしは思うのよ」 アーネスカの話は火乃木には分かりそうでよく分からない。元々勉強は苦手だったし、魔術だって頑張って勉強してきたが、アーネスカやライカのような上級魔術だってほとんど使えない。 魔術の発動のためには魔術師の杖に自らの魔力を保持しつつ、呪文を唱えるだけの精神的集中力が不可欠とされる。 火乃木がサークル・ブレイズを修行中と言ったのは、それだけの集中力を保つ自信がなかったからだ。 それゆえに火乃木に使える魔術は基本的にほとんど習得が簡単な魔術ばかりだったりする。 「例えばさ。人間の手があるでしょ? それに炎をかざしたらどうなる?」 「どうなるって、そりゃ大火傷するよ! ものすごく痛いし」 「そうよね? スライムが液状化した状態ってそういう状態だと思うの」 「どういうことなの?」 「仮に人間の手全体が大火傷を負ったとしても、痛みと言う概念を考慮に入れない場合、動かすことは出来る。液状化スライムは火傷を負っても動くことが出来るってことよ」 「あ、なるほど」 「じゃあ、今度は人間の手が全部凍りついたときのことを考えてみようか。人間の手が凍りついたらどうなる?」 「えっと……。低体温症どころか、細胞が腐って、壊れて、二度と動かなくなる……かな?」 「まあ、大雑把に言うとそんな感じかな? 人間の体はデリケートだから、三文小説みたいに、凍りついた状態の人間が内側からバリン! なんてことは起こり得ない。細胞が壊死してしまいには切り落とさざるを得ない状況にだってなるでしょうね」 「ええっと……ねぇアーネスカ。今の話とスライムがどう関係してるの?」 さっきからアーネスカに質問ばっかりで自分が中々理解できないことに苛立ちを感じる。自分はまだまだ未熟なんだなと思わざるを得ない。 「それは、多分あのスライムも同じことだと思うからよ」 「同じって……人間とスライムが?」 「そう」 「どうして?」 「まあ、あのスライムと人間とでは根本的に違うから100%同列に扱うことは出来ないけど、恐らく人間の神経に相当するのがあのスライムにとっての魔力なんだと思うの。スライムを動かすために魔力と言う神経。もしスライムとしての体が凍り付いて、その神経、つまり魔力によって凍りついた部分を動かせないとしたら……」 「そうだとしたら、本当の弱点は……」 火乃木はここにきてアーネスカが何を言わんとしているのか理解した。 「多分そう。奴の本当の弱点は炎ではなく、一瞬で全体を凍てつかせるほどの冷気! それによって魔力と言う神経を無理やり引き離した状態にすれば凍りついた部分に魔力と言う神経を接続することが出来なくなる。魔力も人間が体を動かすためのエネルギーだから奴の魔力を直接そぎ落とすことに繋がる」 ネルや火乃木の話を聞いたときからアーネスカは半ば確信していた。スライムの弱点が氷であることを。 そのための秘密兵器を彼女は今持ってきていた。 目の前に迫る巨大なスライム。その全体を一瞬で凍結する強力な魔術を。 「アーネスカ……ネル……」 疲労によって動かせなくなった体をどう気遣ったものかと考えながら俺はつぶやいた。今の俺は戦えない。体を起こすのがやっとだ。アーネスカ達は奴を倒すことが出来るのか? 『ナカマがキたか……』 スライムは悠然とした態度を崩さない。 アーネスカ達は俺の元に集まってきた。 「お待たせ! 零児!」 「アーネスカ……」 「レイちゃん! 大丈夫!? 体が痛むの!? ボクでよかったら人工呼吸を……!」 「何を言っているお前は……」 普通に呼吸している人間に人工呼吸をしてどうする! 「お前ドサクサに紛れてキスするつもりか?」 「んな!? なっ!? そ、そんなわけないない!!」 「へっ……どうだか」 コイツ言うことが随分大胆になったな。1度振られたからか? 「ゴホンッ! とりあえず……」 アーネスカはわざと聞こえるように咳払いをして、俺にコルクで栓をされた試験管を渡した。緑色の液体が入っている……。なんだこれは? 「ライカが作った魔力と体力の回復に効く薬よ。飲んでおきなさい。少しは楽になるわ」 「ライカさんが?」 「ライカは薬剤師の資格持ってるからね」 「ふ〜ん」 俺はコルク栓を開け、遠慮なく緑色の液体を飲み干した。 「うわっ! マズッ! なんだこりゃ!?」 とんでもなく苦い! 口の中がヒリヒリする! 一体材料はなんなんだ!? 「ライカによると、脱皮した蛇の皮と……」 「うわぁ! やめてくれ! 聞きたくねぇ!」 「冗談よ」 軽く舌を出して俺をからかうアーネスカ。 「クロガネ君。大丈夫……ではないみたいだね。体は動く?」 その直後、ネルが声をかけてきた。 「骨は折れてないみたいだが、魔力切れのショックと全身の疲労で中々体を動かすのが辛い状況だ」 「とりあえず、今はゆっくりして、後は私達がどうにかするから」 「そう言うからには期待するぜ。負けないでくれよ……」 「うん」 ネルは赤いスライムのほうへと向き直る。 「レイジ……」 シャロンも俺の方を見る。 「なんだ……随分ひどい顔だな……」 シャロンは蒼白していた。俺の今の状態を見たからだろう。 俺はシャロンの頬をにゆっくりと触れた。 「……!」 「今は俺のことを気遣わなくていい。目の前の脅威を退けることを考えるんだ」 「……うん!」 シャロンは決意を称《たた》えた瞳ではっきりと頷いた。 「さあて、それじゃあ作戦通りに行くわよ!」 アーネスカがはっきりした大きな声で言い放つ。指揮官向きのいい声をしている。 「あたしの砲撃準備が整うまで、火乃木とネルは時間稼ぎ! シャロンはあたし達全員を防御! 必要ならレーザーブレスをぶっ放してもらうわ!」 砲撃? それになんでアーネスカがシャロンのことを知っている? 火乃木が伝えたのか? 『ハハハハハ! たった4人でオレをタオすつもりか!』 「あんたなんか4人いれば十分よ!」 アーネスカが啖呵切って睨みつける。 そして、火乃木とネルがそれぞれ攻撃を開始した。 「ミスト・ボール!!」 火乃木が白い球体が赤いスライムの顔に相当する所に着弾する。その直後、ネルが大きく跳躍した。俺と同じ、魔力を推進力にして跳躍しているのだろう。 巨大スライムの上半身。人間で言うと腹に該当する部分まで跳躍し、ネルも魔術を発動した。 「フォルテックス・マグナム!」 魔術の発動と同時に放たれた拳から巨大な竜巻が発生し、巨大スライムの腹に風穴を開けた。 同時にスライムの胸より上の部分を支えるものがなくなり、上半身全体が形を崩し、スライムはゲル状の塊になって地面に水溜りのような状態になる。 ネルが着地する。同時にスライムが津波となって覆いかぶさろうとしてきた。 「シャロン! 壁!」 アーネスカがシャロンに言い、シャロンはその通りに従い巨大な光の壁を作り出し、その攻撃を防ぐ。 火乃木とネルが攻撃に参加している一方で、アーネスカは1人別の作業を行っていた。 頭巾をかぶり、ゴーグルを装着し、背中に背負った木製ケースを開き、何かを取り出す。 「な、なんだそりゃ?」 俺はどう表現したものかよく分からない物体を目の当たりにして素っ頓狂な声をあげた。 見たこともないほど大型の回転式拳銃《リボルバー》かと思いきや、銃口の先端に回転式拳銃《リボルバー》のバレルより太く巨大なバレルがついている。そのバレルの真横にはグリップがついていてとにかく普通ではない。 回転式拳銃《リボルバー》のほうも普通の形をしていない。 弾倉が回転する中心にバレルがあり、銃を撃つための形をしていないのだ。さらに謎なのは6つの弾倉から赤いチューブがバレルに繋がっている。 用途不明。使用目的不明。とにかく異常な形をしている。 「アーネスカ……。それなんだ?」 「これ? これは、あたしの秘密兵器よ! 独自にあたしが開発したものよ」 「どう使うんだ?」 「見てれば分かるわ」 アーネスカは回転式拳銃《リボルバー》部分に自分のホルスターから弾を取り出し、それを1個ずつ込めていく。 それが終わると、今度は銃の先端についているバレルのグリップを握り、それを後ろに引いた。するとそこに用途不明の穴が出現した。 そして、ホルスターに収めていたもう1つの弾薬箱から今度は別の弾を取り出した。その弾は回転式拳銃《リボルバー》に使っていたものとはまったく別物で、弾頭が青く、太くて大きいものだった。 それを用途不明かと思っていた穴に入れ、バレルのグリップをもう一回引き、穴を閉じる。 「よし!」 アーネスカはそれを赤いスライム目掛けて構える。 「魔力充填開始!」 そうこうしている間、スライムと火乃木達の戦いも熾烈を極めていた。 今のところ赤いスライムにダメージらしいダメージはない。 シャロンが作った光の壁によってスライムの進行は阻止。そして、その光の壁ごとスライムを押し出し、若干ながら全員との距離を取っている状態になっていた。 再びスライムは1つになり、グニグニとその体を変形させ始めた。 火乃木は先ほどからなにやら長い呪文を唱えて、次の攻撃に備えている。 「ストーム・スピア・ラッシュ!!」 そんな中ネルがある程度距離がある状態から技を発動する。 接近戦を主体としているネルがこんなにも大きく距離が開いた状態から攻撃をして届くのか? だが、俺のそんな疑問はすぐに消えてなくなることになった。 「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら!!」 凄まじい拳のラッシュ。そして、風によって生み出された拳がスライムの肉体目掛けて大量に突き刺さり、凄まじい勢いでスライムに穴を開けていく。 普通の生物なら死んでいるレベルの穴を大量に開けられ、再びスライムは体のバランスを崩しそうになった。 しかし、相手はスライムだ。直接的なダメージには繋がらない。 その直後、火乃木が唱えていた魔術を発動した。 「アイシクル・ニードル!」 火乃木の魔術師の杖を通して、青白く輝く針のごとく細い光が無数にスライムを襲う。それが塞がれようとしていたスライムの穴に入り込み、その体の一部を凍りつかせた。 『う……ウウウウウ。な、ナナ……!?』 凍りついた体の一部はバターのようにずるりとスライムの体から崩れ落ち、地面に落下して砕け散った。 「ビンゴ!」 銃を構えたままアーネスカは言う。一体何がビンゴなんだ? アーネスカはさっきからなにやらカウントしている。一体何をカウントしているのかはわからないが。 「第5シリンダー、充填完了。第6シリンダー充填開始」 弾倉の数か? さっきから同じような言葉を繰り返し、1つ1つ充填完了と言っているのは回転式拳銃《リボルバー》の弾1個1個に魔力を込めているからなのか? 「第6シリンダー、魔力充填完了! バレルレイ発射準備完了! 発射まであと20秒! みんな下がって!」 火乃木、ネル、シャロンの3人がアーネスカの元へと集まってくる。 ひょっとして、アーネスカはこの一発で倒すつもりなのか? 「15,14,13,12……」 『こんなヤツらに……!』 赤いスライムは人型のまま四つん這いになり、アーネスカ目掛けてその手を伸ばして押しつぶそうとしてくる。 「10,9,8,7……!」 そのとき、シャロンがアーネスカの前に立ちふさがり、口を開いた。 直後、レーザーブレスが放たれ、スライムの巨大な腕そのものが一瞬にして融解し、液状化する間もなく蒸発し肩まで破壊する。 『グガアアアアア!!』 ダメージが大きくなって徐々に理性を失ってきたのか、声がどんどん荒くなっていく。 勝てるのか……? 「4,3,2,1,0!」 カウント0と同時に、アーネスカは魔術を発動した。 同時に引き金を引く。すると、回転式拳銃《リボルバー》のチューブが光輝く。その輝きが全て先端のバレルに集結する。 「フリージング・ヴァイラス!!」 その瞬間先端のバレルに装填されていた弾が発射され、それがスライムに直撃した。 そして、凄まじい勢いでスライムの体全体が凍り付いていき、巨大な氷の彫像が出来上がった。 そして、氷の彫像となったスライムはその形を維持することが出来ず、ヒビが入り、崩れ、粉々に壊れていった。 全員が呆然とその光景を見ている。 倒した……? 4人がかりであれだけ苦労した赤いスライムを。 あのときよりはるかに強大な力を身につけてしまったスライムを、たった一発の弾丸で。 本当に? 「終わったのかな……? これで」 「……」 火乃木は静かにそういう。 しかし、緊張は解かない。それは全員同じだった。 そして、俺は気づいた。まだ終わっていないことに……! だから叫んだ。 「いや! まだだぁ!」 「本体ね……」 『WOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』 そう、俺達はまだ赤いスライムを退けたに過ぎない! 本体を殺さなければ意味がないのだ! 俺にははっきり見えた。残った魔力でスライムの体を再生しようとする精神寄生虫《アストラルパラサイド》の姿が! 俺はすぐさま立ち上がり、本体である精神寄生虫《アストラルパラサイド》を潰すために立ち上がり、一気に走る。 多少休ませてもらっていたことと、アーネスカの薬が効いたのか体を動かすのは十分だった。 『オマエラgotokiに……OマエらgoTOキni……OマOマOマOマOマOMAMAMAMAMAMAMAMA!!』 「往生際が悪いぜ!」 まだ精神寄生虫《アストラルパラサイド》の本体が見えている。心なしかスライムの色も濃度が薄くなり、スライムの中に身を隠せる状態とはいえなくなっている。 しかし、伸縮するスライムとしての体は健在なのか、赤いスライムは最後の力を振り絞ってスライムの塊を飛ばしてきた。 「何!?」 スライムに体の自由を奪われ俺は身動き取れなくなってしまう。 くっそ! 「零児!」 アーネスカ達が近寄ろうとする。 「近寄るなぁ! 食われるぞぉ!」 「そんなこと言ったって……!」 火乃木が悲痛な声をあげる。 このままじゃコイツに取り込まれる! だが、そうはさせない! 「うああああああああああ!!」 俺は全身に力を入れて、せめて右手だけでもスライムから脱出させようと試みる」 『KOのまMAkyuujuうしDEクレRU!』 もはや何を言っているのかほとんど聞き取れない。だがどうやらこのまま俺を吸収しようとしていることだけはわかった。 「零児!」 そのとき、アーネスカが走り寄ってきた。 来るなと言ったのに……! だが、アーネスカは走りながら回転式拳銃《リボルバー》に銃弾を装填している。 「食らいな!」 そして、俺の体を拘束しているスライム目掛けて銃弾を放つ。 その銃弾が直撃した直後、着弾した所が一瞬で凍りついた。 『GUUUUOOOOAAA!!』 「今よ!」 俺は全身を回転させ、スライムの拘束を振り払い右手を精神寄生虫《アストラルパラサイド》に向けた。 「覚悟しろよスライム野郎!」 言い放ち俺は魔術を発動した 「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」 全力全快! これが最後の俺の魔術だ! 無数の剣が人の形を形成しようとしていたスライムの体に突き刺さりそのうちの一本が本体を突き刺した。 『giiiiEEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeee!!』 串刺し状態になった精神寄生虫《アストラルパラサイド》は剣の勢いでスライムの外側に押し出され、ビクビクとのた打ち回った後その最期を遂げた。 同時に魔力の結びつきが途切れた赤いスライムはドロリと液状化し、無害な物質へと変化した。 「や……った……」 アーネスカもスライムの拘束から解放された。 完全に魔力を使い果たし、俺はフラフラとその場に倒れそうになった。 「終わったのね……。これでエミリアス最高司祭様も浮かばれるわ……」 アーネスカは静かにそんなことを言った。 |
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